何とも懐かしく、暖かい響きの呼び方です。
霊源院には、日々多くの皆さんがお越し下さいます。
水子供養に蓮華堂をお参りされる比較的若い世代の皆さんや、お墓参りにお越しのお檀家さんや永代供養墓の墓主さん方の比較的年配の方々など、老若男女を問わず様々な方々がお越しです。
お越しの皆さんが私にお声掛け下さるときは体外、ご住職とお呼び頂くことが多いように感じます。
ご住職と声をかけていただきましても、問題はありません。
時々、「和尚さん!」と声をかけていただくことがございます。
その時は、どこか懐かしい響きに、ほのぼのとした気持ちになります。
さて、日本の仏教界は様々な宗派に分かれています。
そして、お寺の住職の呼称も様々有り、皆さんどのように呼べば良いのか随分と迷われるようです。和尚、ご住職、方丈さん、お上人、坊主と様々です。
中にいる私たちは存外に気に留めないのですが、外からお越しの皆さんはどのように呼べば良いのか気になさるようです。
そして、同様にお寺は敷居が高いと感じておられる人も多いようです。
本当は敷居は高くないし、多くの皆さんにお越し頂き、気楽にお声掛け頂きたいのが多くのお寺の本音かと思います。
例外に、そうでないお寺もあるかも知れませんが・・・。
皆さんが敷居が高いと感じておられることは、「寺の住職の呼び方は?」という疑問に象徴されているように感じます。
今の若い皆さんはご存じないと思いますが、私の小さい頃の童謡に「山寺の和尚さん」という親しみやすい歌がありました。
歌詞はあまり覚えていませんがお寺の和尚と子供の距離が近いことを感じさせる歌詞だったと思います。
あの、有名な良寛さんの親しみ易さが表現されていました。
それほどに親しみ易いお寺、和尚さんのイメージが頭に残りました。
街中のお寺というよりはのどかな田舎のお寺さんがモデルとの記憶もあります。
元々は、近所の人がふらりと寺により和尚さんとお茶を飲みながら、物知りの和尚にお話しを聞き、様々な相談に乗って下さるような、そんなお寺の和尚の呼び方が「和尚さん」かと思います。
しかも偉ぶらず、でも慕われるそんな存在。
お寺の和尚さんという呼称にはそんな想いが感じられます。
今の時代こそ、このようなお寺と近しい関係が求められているように感じます。
少しでも、そのような和尚さんに近づきたく思います。
霊源院へお越しの皆さんにお会い致しました時、「和尚さん」と呼んで頂きましたら幸せです。
11月も早中旬、今年はコロナにて外出をお控えのお方も多いとは存じます。しかし乍ら気分転換も含め綺麗な紅葉にて気持ちを落ち着かせたい所です。
マスク着用等、感染対策を頂いてのことですが。
東福寺通天橋の紅葉が見頃です。
今年は外国のお客さんがお越しになりませんので人も少なく、紅葉を堪能できます。是非、お越し下さい。
そして、霊源院も14日から御朱印を始めます。霊源院オリジナルの六地蔵尊の御朱印帳も用意致しました。
又、書院から見る紅葉は通天橋に負けぬくらい綺麗です。
春に完成致しました回遊式の庭園、翠陰庭も是非、散策にお越し下さい。合掌