ついこの間まで汗を拭きながらの日々でしたのにここの所、上着を着ませんと外出が辛い気候が続いています。
そして、今年の残りの日々もカウントダウンが近づいています。
私達、禅宗の僧侶はお寺の住職を拝命致します為には必ず、一定の期間専門道場と云うところで缶詰状態で修行を義務づけられています。
これを果たさないとお寺の住職としての活動は出来ません。
修行道場は道場と云うだけあり、早朝から晩まで厳しいスケジュールにて縛られています。
その厳しい修行の中でも坐禅を朝から晩まで一週間続ける「接心」は、修行の眼目です。
坐禅の合間にお勤め(お経を読む)もあります。
その中で読むお経の一つに和訓(日本語のお経)のお経、興禅大燈國師遺戒(こうぜんだいとうこくしゆいかい)というお経があります。
是は昔の高僧、大燈國師が修行僧へ向けて、修行の心構えを伝えるために作られたお経です。
接心の期間には毎日、欠かさず読みます。
その中の一節に上記に述べました、光陰矢のごとしというフレーズが出てきますが、それに続いて「くれぐれも油断致さぬように」との言葉が続きます。
是は、日々が過ぎ去るのは弓から離れた矢が飛んでいくほどに早く過ぎるため、くれぐれも油断をせずに日々の修行に集中しなさいとの啓蒙の言葉です。
この言葉は修行と云うことに限定せずとも、私達の日々の生活の中にも当てはまります。
うかうか致しておりますと時間だけが過ぎ去り、何も出来ずに日が過ぎ去って行ってしまいます。
くれぐれも油断せずに大事な一日を積み上げて、暮らして行きたいものです。
10月の声を聴き、コロナが少し収まってきたように報道が伝えています。
感染者の減少を耳に致す度に、このまま収束へ向かいますよう願うばかりです。
さて、改めて想い起こしますと、あの凄まじい感染拡大から、ワクチン接種までの医療に関わる方々、行政の方々の身体的、心的負担は想像を超えるものだったと今更ながら思います。
収束の気配が少しだけ見えて来た今、これらのみなさんの観音様の様な働きに本当に心から感謝致したいと改めて思います。
それと共にその努力が無駄にならぬよう、一人一人が注意深く暮らさねばと心も新たです。
コロナの収束の希望と共に、本山東福寺の紅葉のお参りの皆さんが多くお越し下さる事を願っています。
感染にはもちろん留意致した上で、多くの皆さんに紅葉をお楽しみ頂きたく願っています。
現在の東福寺通天橋の紅葉の様子ですが今年はここの所の冷え込みの為、葉っぱの頭が少し早い目に赤くなっている状況です。
このままで気候が推移致しましたら、見頃は例年通り十日過ぎ可とは思いますが、逐次報告致したいと思います。合掌