今年も霊源院の庭が一番に輝く新緑の季節が廻って来ました。
今年の厳しい寒さが和らぎ、ついこの間の桜も瞬く間に散ってしまいました。
桜の華と入れ替わり、緑が目に眩しい、新緑の時期です。
紅葉、満天星ツツジ、様々な樹木の新芽が膨らみ柔らかい緑の葉っぱが満開です。
その緑に混ざり、三つ葉ツツジ、馬酔木の華が色を添え、庭に立っているだけでウキウキとしてきます。
春の真ん中にいる感じです。
さて、ついこの間までは紅葉の時期に限らず、桜も含め、当たり前に毎年それに巡り会えるものと思い込んでいましたが、最近に近しくお付き合い頂いていた檀家さん、永代供養墓のご縁のお方様とのご不幸を通してのお別れ、又、最近は東福寺の中のお寺の比較的若い和尚がお亡くなりになられたりとで、新緑、桜も今年も又、「巡り会えました」という気持ちで近年は目に景色を焼き付けています。
只唯一、この時期の辛さは花粉症、黄砂の飛来でしょうか、それと樹木に関しては「樫の木」です。
樫の木は目隠しには最適ですが、この時期の新芽の葉っぱとの入れ替わりの古い葉の落ち方は凄いです。毎日履いても、そのお尻から又、落葉の繰り返しで、しかもかさばりますのでゴミ袋も直ぐに満杯となります。
しかし、これも自然の循環の一つですので致し方ありません。
この時期、お墓参りの後には忘れずに、本堂へお参り頂き、新芽のエネルギーを身体一杯に吸収してお帰り下さい。
宜しければ、客殿にお上がり頂き、お茶と共にゆっくりなさって下さい。
近年は「終活」という言葉が完全に市民権を得て、病に襲われた時も、お医者さんからの本人への「余命宣告」も当たり前となりました。
その為、そういう事態になられた方は冷静に残されたご家族への申し送りを綿密になされ、又、家族に負担を掛けぬよう気遣いをなされるのが自然なようです。
その為、お送りの儀式「葬儀」も規模を含め随分と変わってまいりました。
勿論にそのことを非難致すつもりはありません、残られた家族と共に無理のないお送りの儀式をなされれば良いと考えます。
只、先日にお墓でお会い致しました、墓主さんのお言葉が少しだけ気になりました。
そちらのお方はお身内を亡くされ未だ日が浅い方でしたので、「もうじきに故人の一年ですね」とお声掛け致しましたところ、「ハイ、一年はアッという間ですね」、続けて、「ご住職に申し上げるのもなんですが、主人は生前に自分の法事は気遣い無用と申しておりました」、「おそらく法事は御願い致すとは思いますが、主人の言葉もあり少しだけ迷っています」とのお言葉。
私は「無理の無い規模で良いので、是非、法事はお勤め下さい」との言葉を伝えお別れを致しました。
故人の残った家族への優しい想いは勿論に十分伝わって来ます、しかし、法事は故人の為であるのと同時に残った方々が「生と死」を改めて体感致す大事な好時節の縁の時です。
家族の負担の軽減を慮るのでしたら、それは残った家族にお任せ致し、その行き先を委ねるのも又、良いのではないでしょうか。
その様な時こそ、お寺、住職をあてにして頂き、是非、お声掛けいただき、相談下さい。合掌